#WELL-BEING 2024.03.29
歩く、話す、見つける、
とっておきの街歩き。
SANPO TALK -神楽坂・櫻井ノマド編-
※2024年2月時点の取材内容で構成しています。
その街をよく知るナビゲーターがおすすめの散歩コースを紹介しながら、自身のウォーキングスタイルについて語る連載企画「SANPO TALK」。第18回は、江戸時代の面影を今でも残す神楽坂が舞台。ナビゲートしてくれるのは、広告プランナーとして大手代理店に勤務する櫻井ノマドさんです。彼にとって神楽坂は、社会人として上京して最初に住んだ思い入れの深い街。今回は当時の思い出に浸りつつ、古いものと新しいものが交差する神楽坂を巡ります。
新宿区の東端に位置する神楽坂は、江戸時代から寺町として発展。明治時代以降は料亭が集まるようになり、大正時代から昭和初期にかけては東京で随一の花街として栄えました。今なお当時の面影を残す横丁や細い路地が随所に残っており、昔ながらの風情が味わえる街として人気の散策スポットとなっています。
今回のSANPO TALKのナビゲーターは、広告プランナーの櫻井ノマドさん。北海道に生まれ神戸で大学時代を過ごしたのち、都内の広告代理店に就職。初めての東京での一人暮らしの地に選んだのがこの神楽坂でした。
「会社の先輩が『神楽坂は面白い街だし、キミに合いそうだ』と言ってくれたんです。実際に訪れてみると、坂の街ならではの面白さに惹かれました。高低差があるから歩いているだけでどんどん街の見え方が変わっていくんです。そのドラマチックさに感激してすぐに『この街に住もう』と決めました」
神楽坂に住んでいたのは社会人1年目から2年目にかけて。慣れない仕事に翻弄されながら多忙を極め、櫻井さん曰く「がむしゃらの時代」だったという当時の彼を癒してくれたのがこのお店です。
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「喫茶 トンボロ」は、設計事務所を営んでいるご主人が26年前にオープンしたお店。かつて写植屋さん(本や雑誌の印刷原本となる版下に文字を印字する仕事)の作業場だったという建物を自ら改装。木のぬくもりと、窓からほどよく差し込んでくる光に包まれながら、おいしいコーヒーがいただける喫茶店です。
「神楽坂が地元だという同期に連れてきてもらったのがきっかけで、ほぼ毎週末通うようになりました。当時は土日も仕事があったので、まずはトンボロでコーヒーを一杯飲むことで、仕事モードへと切り替えていたんです」
あの頃と同じようにホットコーヒーをオーダーした櫻井さん。マスターが沸騰したお湯をコーヒーに静かに注ぐと、真っ白い湯気が立ち上り豆の香りが店内に立ちこめました。
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「店内の雰囲気も落ち着くし、BGMの音量もちょうどいい。無音ではないけど、お湯が沸く音やコーヒーを淹れる音が聞こえてくるのが心地いいんです。無駄に話しかけてはこないマスターの距離感も絶妙なんですよ」
懐かしい一杯に舌鼓を打ったところで、次のスポットを目指して東京メトロ神楽坂駅方面へ。やって来たのは「AKOMEYA TOKYO in la kagū(アコメヤ トウキョウ イン ラカグ)」。こぢんまりした商店や飲食店が多い神楽坂にあって、ひと際大きく存在感のあるこちらは、かつて出版社の倉庫だった建物を建築家の隈 研吾氏がリノベーションした商業施設です。
「駅の目の前にあるランドマークなので、神楽坂で遊ぶときの待ち合わせ場所といえばここでした」
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AKOMEYA TOKYOは調味料やお酒、食器、調理器具といった食品雑貨を扱うショップで、店内で売られている商品を使った定食が楽しめる食堂も併設されています。
「待ち合わせをしたら、そのまま店内をぶらぶらするのがいつものパターンでした。これから遊びに行くのに、面白い商品がたくさんあるのでつい長居してしまうという(笑)。そういえば実家に帰るときのお土産もここでよく買っていましたね。他ではなかなか手に入らないお醤油や調味料をもっていくと両親が喜んでくれて」
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1階から2階まで、店内をじっくり見て回った櫻井さん。「軽く腹ごしらえをしましょう」と次に案内してくれたのは、昔ながらの木賃アパートが並ぶ路地裏にひっそりと佇む「おはぎと大福」です。
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「僕が神楽坂に住みはじめてからできたお店で、散歩中にたまたま見つけたんです。味はもちろんのこと、木箱の中におはぎが等間隔で並んでいるこのディスプレイが美しくて。選んでいるときからワクワクしますよね」
昔ながらの製法にこだわるおはぎは、すべて無添加で手作り。甘さ控えめのあんことしその葉を混ぜたもち米の相性が抜群で、遠方から買いに来るお客さんも多いのだとか。
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「僕のおすすめは、こしあん、きなこ、ほうじ茶の3種類。当時はだいたいこの3つを買って帰ってたんですが、家に着くまで我慢できなくて、いつも1コは帰り道で食べちゃってました(笑)」
購入したおはぎを手に歩き始めること数分。大きなゾウの遊具がある「新宿区立あかぎ児童遊園」に到着しました。住宅と住宅の間にある細い道が入口なので、地元の人でないと見過ごしてしまいそうなところにあります。
「ここで子どもたちが遊ぶ声を聞きながら、こんな感じでおはぎを食べていたんです。懐かしいなぁ」
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「神楽坂に住んでいた頃は、ここで休憩したり、ボーっと考え事をしたり、こうしておはぎを食べたり。つい立ち寄りたくなる僕にとっての憩いの場でした」
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懐かしい味とシチュエーションに浸った櫻井さんは、結局買ったおはぎを全部食べてしまいました。腹ごなしに再び歩きながら、ここでお気に入りの散歩スタイルについて聞いてみることに。
「僕は目的地を決めてから、その周辺をぶらぶら歩くタイプの散歩をよくします。コーヒーとアートが好きなので、最近は清澄白河がお気に入り。行きたいカフェを目指して歩きつつ、ギャラリーや美術館に寄り道するというのが定番ですね」
もちろん今でも神楽坂は好きな散策スポットのひとつだそう。社会人になりたての頃と今では、街の見え方も変わっているようです。
「新卒の頃の僕なんて、今思えば子どもみたいなもの。あれから数年経った今ならもう少し大人なお店にも堂々と入っていけますし、当時は知らなかった神楽坂の魅力に気づかされます。同じ街なのに、いつ来るかによって見え方や感じ方が違うのは面白いですよね」
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しばらく歩くと軒先にグリーンが並ぶ建物が見えてきました。ここが次の目的地、「小路苑(こうじえん)」です。
「もともと草花が大好きで、ここには自分の部屋に飾る花をよく買いに来ていたんです。ご主人に予算と『前回は黄色だったので今回は赤系で』といった希望をお伝えしてアレンジしてもらっていました」
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小路苑がオープンしたのは2000年。当時の神楽坂は、今ほど各地から人が集まる場所ではなく、落ち着きのある商店街という風情だったのだとか。天井が高くてレトロな雰囲気の店内も特徴的。それはかつてここが紙の断裁工場だったことに由来しています。
「看板犬のカブちゃんが出迎えてくれるのがかわいいんですよ。撫でさせてもらうとつい花を買って帰りたくなってしまう(笑)」
というわけで、久しぶりに小路苑で花束をアレンジしてもらう櫻井さん。オーダーしたのは、最近リビングに迎え入れたという青い椅子に合う花。
「オレンジ色に咲くベルベロンという花を中心にアレンジしてくれました。部屋に飾るのが今から楽しみです。ここはセンスのいい植物が揃っているので、家族や恋人へのプレゼントにもおすすめですよ」
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「最後に寄りたい場所があるんです。いいですか?」
そう言って向かったのは銭湯。神楽坂の路地裏で昭和29年に開業し、ほぼ当時のまま姿で営業を続けている「熱海湯」です。ここは広告プランナーとしてのキャリアをスタートさせたばかりの櫻井さんが足繫く通った、忘れられない場所なのだそう。
「企画のプレゼンが迫ると、ここの熱いお湯に浸かりながらアイディアを練るというのがお決まりでした。考え事をしたいのに顔見知りのおじさんに『最近がんばってるか?』なんて話しかけられて、そのまま雑談に興じてしまうことも(笑)。実は僕が初めてメインで担当した広告案件の企画はここで浮かんだもの。今でも自分の中でベストと言える仕事のひとつなので、熱海湯は本当に思い出深い場所なんです」
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駆け出しだった櫻井さんを見守った熱海湯。懐かしい思い出とともに初心に帰れたところで、今回の散歩は終了です。
新たな商業施設ができたり高層マンションが立ったりと、ゆるやかにその姿を変えている神楽坂ですが、今なお変わらずに残るものもたくさんありました。あの頃と変わらない街並みに触れて、櫻井さんにとっては懐かしさと同時に自分の成長を感じられた散歩になったのではないでしょうか。
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喫茶 トンボロ
住所:東京都新宿区神楽坂6-16
電話:03-3267-4538
AKOMEYA TOKYO in la kagū
住所:東京都新宿区矢来町67
電話:03-5946-8241
おはぎと大福
住所:東京都新宿区天神町35 谷井アパート1F
電話:03-6457-5725
新宿区立あかぎ児童遊園
住所:東京都新宿区赤城下町21-21
電話:03-5273-3924(新宿区 みどり土木部-みどり公園課)
小路苑
住所:東京都新宿区赤城元町3-4
電話:03-5261-0229
熱海湯
住所:東京都新宿区神楽坂3-6
電話:03-3260-1053
PROFILE
1997年、北海道札幌市生まれ。神戸芸術工科大学を卒業後、上京して大手広告代理店に入社。以来、さまざまな媒体で広告プランナーとして活躍中。
PROFILE
Edit+Text : Taro Takayama(Harmonics inc.)