数値と感性——それぞれが考えるウェルネスへのアプローチ
竹内由恵×中⻄裕⼦×市川将
PROFESSIONAL JOURNEY

#Story 2026.02.16

数値と感性——それぞれが考えるウェルネスへのアプローチ

タレントの竹内由恵さんがナビゲーターを務める「PROFESSIONAL JOURNEY」。前回は「Shiseido Beauty Park」に訪問し、資生堂のブランド価値開発研究所のマネージャーを務める中西裕子さんと、アシックススポーツ工学研究所の市川将の3人でクロストークを実施しましたが、今回は同じメンバーで兵庫県神戸市に位置する「アシックススポーツ工学研究所」へ。3D足形計測や歩行計測を実際に体験したあと、ウェルネスに対する視点の違いやメッセージの届け方について語りました。

人の動きを科学する

竹内 前回は神奈川県横浜市にある「Shiseido Beauty Park」にお邪魔させていただきましたが、今回訪問するのは兵庫県神戸市にある「アシックススポーツ工学研究所」。アシックスの中枢がここにあるということですごく楽しみです。

市川 遠いところようこそお越しくださいました。

竹内 まずはこのアシックススポーツ工学研究所がどういったところなのか教えてください。

市川 敷地内には大きく2つの建屋があり、敷地内には大きく2つの建屋があります。1990年に研究所としての施設が設立され、2015年には機能拡張を目的に東側に増築が行われました。研究所では人間を中心に捉えて、科学的にアプローチしていく「Human-centric science」というフィロソフィをもとに人間の運動動作に着目・分析し、独自に開発した素材や構造設計技術を用いながら、イノベーティブな技術や製品の研究開発に取り組んでいます。

中西 敷地に足を踏み入れて、その規模感に驚きました。トラックやテニスコートがあり、さまざまな環境を再現したうえで人の動きを計測するための設備が整っていましたから。

竹内 「人工気象室」では温度、湿度、風といった気候環境が再現できると聞いて、ここで計測できないことはないのでは?と感じるほどでしたね。

市川 ご覧いただいたように、ここの研究所にはさまざまな計測機器と気候環境を作り出せる設備があるんですが、競技特性、トップアスリートなのか一般の方なのか、年齢、性別、地域などスコープする個所は無限にあるので、まだまだ突き詰めていく領域はあるんですよ。

竹内 なるほど。ちなみにアシックスではさまざまな競技のシューズを販売されていますが、異なる競技間での技術の横展開はあるのでしょうか。

市川 もちろんあります。ただ、求められる特性は競技ごとにまったく異なりますし、基本動作でまとめ過ぎてしまうと広く浅くになってしまいます。かといってひとつの競技に特化しすぎると横展開が難しくなるので、そのあたりの選択と集中のバランスが重要ですね。

竹内 中西さんはそれぞれの施設を見学されてみていかがでした?

中西 ウェルネスという目標を掲げていても、とらえ方やアプローチがまったく異なるところが興味深かったです。また、私たちは肌が外界とのインターフェースですが、アシックスさんの場合は、肌との間にシューズという存在がある。圧力がかかったとき、歩いているとき、走っているとき…そういうところに着目して研究開発されている点もなるほどと感じました。

市川 面白い視点ですね。僕も前回、「Shiseido Beauty Park」にお邪魔させていただいたときに同じようなことを感じていて、人間のとらえ方の違いが面白いですよね。

中西 あと、コンピューターを駆使して実験や評価を行う「CAE(Computer Aided Engineering)ルーム」も印象的でした。動きの解析や素材の組み合わせなどを実物ではなく、データをもとにシミュレーションして検証するという取り組みは、本当に前衛的で感動すら覚えました。

竹内 今回研究所を拝見して感じたのは、ソールとひとくくりにしても構造、素材、配置などそれぞれに意味があるということ。頭では理解していたのですが、実際にそれを見ることでより理解が深まりましたね。「成型加工室」ではソールの素材そのものまで試作されていることにも驚いたんですが、Shiseido Beauty Parkのように試作から販売まで一気通貫してここで行うのはなかなか難しいのでしょうか?

市川 製品特性の違いやアクセスの問題もあるので簡単ではないですね。でも資生堂さんのあの取り組みは私も驚きましたし、大変興味深く感じました。

竹内 研究所を拝見したあとに靴を見ると、靴そのものの見方が大きく変わって信頼性も増すので、もしここで靴が売られていたら財布のひもがすぐゆるんじゃいそうですけどね(笑)。

無料計測がもたらすウィンウィンの関係

竹内 今回私たちが体験させていただいた「3D足形計測」はいつからスタートしたんでしょう?

市川 24年前からアシックスの店舗に足形計測機を設置して、無料で計測しはじめたのがスタートラインです。一般の方は自分の足がどんな形をしていて、どんな特徴があるのかを知らない方がほとんどなので、まずはご自身の足を知っていただいたうえでアシックスのシューズを選んでもらいたいという想いがあったんです。お客さまからしてみれば自分の足に適したシューズを選べるし、アシックスもお客さまの同意をいただくことでデータを積み重ねていくことができ、それが次のプロダクトにもつながっていくというウィンウィンの取り組みでもあるんです。

竹内 とても素敵なサイクルですね。それが今や200万足のデータとして、アシックスを支えていると。

市川 そうです。当時としては先進的な取り組みでありながら、それを地道に続けてきたことがアシックスの強みにもなっているんです。今では日本国内の店舗だけでなく、海外の店舗にも置かれているんですよ。

竹内 もうひとつの「歩行計測」についても教えてください。

市川 ウォーキングシューズを開発して、足形のデータが蓄積されてくると、次はやはり実際に歩いたデータが欲しくなるわけです。そこで2019年から歩行計測のサービスをスタートさせました。

中西 静止画の足形と動的なウォーキングのデータは技術的にも研究者の視点的にも大きな差があると思うんですが、やはり以前から取り組まれる予定だったんでしょうか。

市川 はい、簡便に動きのデータをとりたいという気持ちは以前からありました。それを推進させるきっかけになったのは、技術の進歩が1つ挙げられると思います。高性能な機器が以前よりもさらに利用しやすくなってきています。また、トップアスリートから一般の方まで、とにかくいろんなデータをとってそれをもとに解析してアウトプットにつなげていくという点は、まさに先ほど申し上げた「Human-centric science」そのもので、アシックスが一番大切にしている視点でもあります。「アスリート本人以上にそのアスリートのことを知っている」と言ったりもするんですが、ご自身では気づけない視点も含めて見える化することに、価値提供のヒントがあるのではないかと思っているので。

竹内 アスリートからすれば、それまで感覚としてしかとらえられていなかったものを客観的な指標にしてくれるのはありがたいですよね。

市川 実際に計測してみていかがでした?

竹内 まず3D足形計測の話をすると、こうだろうと思っていた自分の足の形とは異なっていた点がいくつもあって驚きましたね。まさに市川さんがおっしゃったとおり、足の長さや幅、高さなどが見える化されました。データを見せてもらうだけでなく、プラスアルファでインナーソールを入れるアドバイスも同時にしてくださったのも良かったです。

中西 私も竹内さんと同じように、想像以上に自分の足のことがわかっていなかったんだなと感じました。それと同時に私たちならこのデータをどう翻訳してお客さまに伝えるんだろうといったことも考えていました(笑)。

竹内 前回の資生堂の体験はソフトな伝え方でアドバイスをしてくださいましたが、アシックスはいい意味で直接的ですよね。歩行計測で出てきた自分の歩行年齢には衝撃を受けましたが(笑)。

市川 アシックスとしては、心身ともに健康になってもらいたいという想いがあるので、あえて改善点や悪いところをアラートするというやり方も意識することが多いのですが、歩行年齢は直接的なので響く方が多いですね。

中西 なぜ歩行年齢という指標を出されようと思ったんでしょうか。

市川 心身ともに健康な歩き方は、普段から意識しないとなかなかできないもの。人生100年時代といわれるなかで、私たちのプロダクトを通じて、出来るだけ長くしっかり歩いていただくことがひとつのゴールだと考えているからです。アシックスの社名の由来は「Anima Sana In Corpore Sano」(ラテン語で「健全な身体に健全な精神があれかし」という意味)という言葉の頭文字をつなげたもの。スポーツを通じてお客さまの心身の健康を支えたいという想いも根源にあるんです。

竹内 この歩行計測も3D足形計測と同じように、今後多くの方が体験できるようにして欲しいですね。

効果と効果感の違いを考える

竹内 それぞれの施設を訪問されていかがでしたか?

中西 人間の奥深さを改めて知るいいきっかけになりました。私たちはウェルネスを生物学的にとらえているのだと再確認できましたが、どう動いて、どう生きるのかといった領域の一番近いところにアシックスさんはいらっしゃるな、と。ちなみに、私たちは皮膚や顔といった外界とのインターフェースを研究領域としていますが、アシックスさんが足に着目されることになったルーツはどこにあるんでしょうか。

市川 もともと創業者の鬼塚喜八郎が靴屋をはじめたところが、アシックスのスタート地点。その流れから靴や足の研究を行っているんですが、スポーツや運動を通してより心身ともに健康な状態になってほしいという考え方はこのころからあるんです。どのスポーツでもそうなんですが、スポーツをする上でまず必要なのがシューズ。人間の骨の4分の1は足にあり、日常の動作を支える重要な役割も担っているので、研究すればするほど奥深いんです。

竹内 市川さんはいかがでした?

市川 前回もお話しましたが、やはり伝え方の違いは非常に勉強になりました。アシックスはフィット性、クッション性、安定性といったワードを機械的・数値的にとらえていることが多いのですが、それがちゃんとお客さまに伝わるかどうかは別問題。そこはやはり私たちも資生堂さんのやり方も学ぶべきだな、と。あともうひとつは、資生堂さんは計測そのものが体験という価値にもつながっているので、そういった視点や考え方はぜひ取り入れていきたいですね。

中西 表現の話をすると、実は「効果」と「効果感」という言葉を明確に使い分けていて、それらをどう組み合わせるかが重要だと私たちは考えているんです。

市川 そのどちらも重要ですよね。気付かないところを示すのも大切だし、気付かないところだけを見せても響かない。

竹内 私がお二人のお話を聞いていて興味深いと感じたのは、アスリートであれば1分1秒といったように結果が分かりやすい数値で現れてきますよね。でも美しさはそうはいかない。

中西 そうなんです。美しさにはさまざまな指標があるんです。だからこそ私たちもそれを表現するためのオノマトペを一生懸命考えていたりもする。

市川 対局ですよね(笑)。

竹内 私は今回の企画でアシックスと資生堂という会社の研究所を拝見し、最前線のお二人からお話を聞くことで、それぞれの会社の本質が見られたことが大きな収穫でした。この記事をご覧になられた方は、アシックスなら店舗に、資生堂なら神奈川県横浜市にある「Shiseido Beauty Park」に足を運んでいただき、それぞれの計測サービスを受けてみてください。きっと自分では気付けなかった新しい発見があると思いますよ。

Photo: Sogen Takahashi
Edit+Text: Teruyasu Kuriyama(Harmonics inc.)

PROFILE

竹内由恵(たけうちよしえ)
1986年、東京都生まれ。2008年に慶應義塾大学卒業後、テレビ朝日に入社。数々の番組でキャスターなどを務めたのち2019年に退社。現在は静岡を拠点に、タレントとして活動しているほか、「renag coffee」を立ち上げ、自家焙煎したコーヒー豆の販売を行っている。

中⻄裕⼦(なかにしゆうこ)
株式会社資⽣堂/ブランド価値開発研究所 ディレクター
1980年、岐阜県出身。名古屋大学大学院物質理学専攻(化学系)修士課程修了後、資生堂へ入社。スキンケア商品の処方開発研究、化粧品基剤の基礎研究、デザイン思考的アプローチを用いた研究テーマ設定を経て、現在は、資生堂のR&D戦略、新規研究の企画立案、資生堂R&Dオープンイノベーションプログラムfibonaのプロジェクトリーダーを務める。

市川 将(いちかわまさる)
株式会社アシックス/スポーツ⼯学研究所 マルチスポーツ機能研究部 部長
1982年、愛知県出身。2007年に東京工業大学大学院を修了(工学)し,アシックスに入社。スポーツ工学研究所に配属され現在に至る。バイオメカニクスとスポーツ工学を専門とし、シューズの構造設計および機能評価、人の身体や動作特性研究(主に足形や歩行解析)、トレーニング手法の研究開発などに従事。現在,マルチスポーツ機能研究部長として、競技系スポーツシューズやウォーキングシューズの研究開発、足形解析などの研究に従事。主な研究開発商品は、GEL-MOOGEE、NEC歩行姿勢測定システムなど。著書に『究極の歩き方』がある。