海に囲まれ緑あふれる人工島。そんな自然とテクノロジーの融合する地、神戸・ポート アイランドにASICSグローバル本社は位置している。トップアスリートに愛用される競
技用のシューズから学校で履かれる体育館履き、ファッションブランドのコラボライン にライフスタイルウエアまで。さまざまなラインを手がけるアシックスの開発現場とい えば、トップシークレットが基本のはず。そこをなんとかお願いします、ということで ASICS WALKING JOURNALの編集長に就任した川辺洋平(以下、川辺と略記)が内部 取材。通常は一般公開されない本社内をくまなく写真に収めながら、開発秘話からふ だんは明かされない会社にまつわる逸話までをお届けする。

ASICSグローバル本社は神戸新交通ポートアイランド線「中埠頭」駅から徒歩2分。新 幹線・新神戸駅からは車で30分ほどの場所に位置している。社屋に入ってすぐに目に 飛び込むのは「アトリウム」という表示。「アトリウム」とはいったいなんだ…?、と 飛び込んでみると、1階から4階までを貫くような巨大な体育館が現れた。

川辺
さすがアシックスさん、バスケットコートも贅沢ですね。ここは普段どういった 使われ方をしているんでしょうか。
社員
アトリウムはASICSグローバル本社の中でも象徴的な場所です。スポーツチーム にお貸し出しすることもありますし、社員がバスケットボールやヨガを楽しむこともあ ります。ミーティングスペースも備えているので、打ち合わせや休憩場所として使うな ど、社員からもさまざまな用途で親しまれています。
特筆すべきはアトリウムの様子を各業務フロアから眺められるよう、どのフロアにもア トリウムを取り囲むように廊下が設計されている点。そびえるように四隅に立つ支柱 は、内部が螺旋階段になっており、どこでも移動そのものが運動になる設計には舌を巻 く。

というわけで、アトリウムから続く螺旋階段を伝って、社内のデザインチームが勤務す る上階へ。ここから先は素材の選定からデザイン、縫製作業まで行い現在も研究開発の 進む未発表の新作が集う、極秘ゾーン。ふだんは写真撮影もNGな場所だが、今回特別 に実際にシューズのデザインで使われたテキスタイルや型・パターンなどの一部を撮影 することができた。


川辺
シューズの素材がロールで積み上げられていますが、これらはデザインを検討す る段階ではどういった形で使われるのでしょうか。このままこれでシューズを作った り?
社員
たしかに、ここにあるものはすべてデザイナーが新規のモデルを検討し、試作を 制作するためにメーカーに注文、取り寄せた素材やテキスタイルです。シューレースや アッパー、ライニングやソールに使う材まで、あらゆる素材が集まっています。ただデ ザインだけでなく機能面でアシックスの厳しい基準をクリアしている必要があるので、 この素材がそのまま商品になるかというと難しいかもしれません。一度送っていただい た既存のサンプルを元に、近い質感や色味、素材を選定しながら、アシックスの基準に のっとったオリジナル生地の生産をお願いすることも多いですね。



デザイン部のみなさんが忙しそうに働く中、できるだけ邪魔にならないように静かにフ ロアを歩き回る贅沢な取材時間。ランニングからウォーキング、ライフスタイルライン まで歴代のデザイナーから引き継がれてきた素材のコレクション、知見、デザインが今 でも重要なリファレンスとして保存されている様子が印象的だ。

今回、どうしても撮影することはできなかったが、その展示室に入って取材することが できたのが、ASICSグローバル本社内に設けられている「ASICSアーカイブ」だ。鬼塚 株式会社設立から現在に至るまでにアシックスが誕生させた重要なプロダクトやイノ ベーションが揃う。
体操、野球、ラグビー、狩猟、ゴルフ、スキー、テニス、サッカーなど様々なスポーツ ウェア、関連用品、アクセサリー、パンフレット、広告など実にさまざまなアイテムが
集う貴重なコレクションがゆえに保管に最新の注意を払っており、繊細で劣化しやすい プロダクトは、湿度を50%に保った特注の気密性保管庫に収められている。
今回案内役を買って出たのは、アシックス社内のデザイナーとして長年活躍し、GEL- KAYANOシリーズなど多くのモデルが世界に羽ばたくきっかけを作り続けた榧野俊一 (以下、榧野と略記)。過去と現在のアシックスを語る上で欠かせない存在だ。

写真(左)が川辺、写真(右)が榧野
榧野
このアーカイブには、よくアシックス社内のデザイナーも訪れます。アーカイブ として保管されている歴史上のアイテムが、逆に新しく見えたりもするんです。たとえ ばハイテクスニーカー・ブームが全世界的に起きた1990年代にデザインされたシューズ の、独特なカラーリングは今のデザイナーが見ると新鮮な感じを受けると思います。
全国各地に点在していたアイテムを収集し完成させたというアーカイブには、今はなき ゴールドタイガー、シルバータイガーレーベル、オリンピック選手が寄贈したスパイク シューズ、日本人宇宙飛行士の足に合わせて足袋風にデザインされ、実際に宇宙で着用 されたシューズなどコレクターの垂涎ものばかり。
川辺
シューズの側面にデザインされた4本ライン。初代のシューズを見ると、マーク そのものがなかったり、形が今のものと違ったりしているのはなぜでしょうか。
榧野
通称アシックス・ストライプですね。昔はオリンピックごとに、側面に位置する ラインのデザインを変更していたんですよ。1968年のメキシコ五輪に向けて新しいライ ンを作ることになり、社内公募で集められた200ほどのアイデアから選ばれ、1966年に
誕生したのが当時「メキシコライン」という名で呼ばれた現アシックスストライプ。オ リンピックごとにデザインを変えるのではなく、恒久的に使用していこうとその後は統 一して使われるようになりました。

アーカイブを出ると、アシックスウォーキングの代表格ともいえる初代ウォーキング シューズ「ペダラ」のマスコットキャラクター「pedala」を発見。グローバル展開が加 速した1980年代、1990年代以降のアシックスでは、さまざまな試みが同時多発的に広 がりを見せていた。そのひとつがこうしたキャラクターたちだ。普段滅多にお目にかか れない伝説的なキャラクターとの偶然の出会いもASICSグローバル本社ならでは。記念 撮影をさせてもらった。

今はなかなかお目にかかれないサルティスのキャラクターと一緒に激レアショット
ぬいぐるみを抱えてそのまま帰りたいところだが、そこは貴重なアーカイブなので残念 ながらお許しが出なかった。しかし、せっかくの初出社(!?)なので、なにか記念にな るところをめぐりたいと編集長が懇願。
ということで、続いてASICSグローバル本社に併設されたミュージアム「アシックスス ポーツミュージアム」にも取材することとなった顛末は、次記事で紹介していきたい。