思い描くビジョンに共鳴する人々とともに。これまでも、これからも一歩先の未来へ 思い描くビジョンに共鳴する人々とともに。これまでも、これからも一歩先の未来へ

SPECIAL INTERVIEW with PEDALA SPORTS|TAKESHI OKADA SPECIAL INTERVIEW with PEDALA SPORTS|TAKESHI OKADAI

Story 2024.10.16

思い描くビジョンに共鳴する人々とともに。
これまでも、これからも一歩先の未来へ

PROFILE

1956年、大阪府生まれ。大阪府天王寺高等学校から早稲田大学を経て、古河電気工業サッカー部に入団。サッカー日本代表にも選出される。引退後は指導者に転身し、古河電工(ジェフユナイテッド市原・千葉)や日本代表のコーチを務めた。1997年10月、FIFAワールドカップフランスのアジア最終予選中に監督に抜擢。逆転で予選を突破し、日本初のワールドカップ出場を決めた。その後、監督としてコンサドーレ札幌のJ2優勝、横浜F・マリノスのJ1連覇に貢献。2008年には再び日本代表の監督に就任し、2010年南アフリカ大会ではべスト16に導いた。2014年にFC今治オーナー就任。現在は株式会社今治.夢スポーツの代表取締役会長としてクラブ経営をする傍ら、地方創生や教育事業まで多岐にわたる活動に取り組む。

その前へ進む力は、いつも多くの人を引き寄せ新しい世界へ誘ってくれる。日本人に初めてサッカーワールドカップという大舞台を見せてくれ、さまざまなサッカーチームを優勝に導いた。そして今、FC今治のオーナーをはじめとする多くの活動を通して、ほとばしる行動力で今治に活力をもたらしている。2024年は、FC今治のオーナーに就任して10年という節目の年。今治を歩きながら、この10年の活動と未来のビジョンを語っていただいた。

思い描くビジョンに共鳴する人々とともに。これまでも、これからも一歩先の未来へ

地域に溶け込む
世界のどこにもないスタジアム

「世界中のスタジアムへ行っているけど、試合のないときのスタジアムに座っても無機質でおもしろくないんだよね。ここはスコーンと海が見えて、島が見えて景色がいいからいつまでも座っていられそうでしょ」

松山空港から車でおよそ1時間。真っ青な秋晴れの空の下〈アシックス里山スタジアム〉のスタンドに岡田武史さんとともに立つと、開口一番そう教えてくれた。

岡田さんがFC今治のオーナーに就任した10年前。地域に愛されるチームにするために起こした行動が「スタッフ全員が地元の友人を5人以上作る」こと、そして地元のおじいちゃん、おばあちゃんのお手伝をする「孫の手活動」だ。ユニークな試みが実を結び、今や地元で熱狂的な支持を受けるチームに成長した。その集大成とも言えるのが、2023年1月にオープンしたこのスタジアムだ。

「この抜け感のある景色は柵が無いから感じられるもの。誰でも公園みたいに使えるようにしたくて、柵なしのスタジアムにしました。スタンドに座ることもできるし、外周にはランニング・ウォーキングコースがあるし、ドッグランやカフェもある。こんなスタジアム世界でここだけだと思うよ」

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サッカーは芝生の状態がプレーに大きく影響するスポーツだ。柵がなければグラウンドの芝生が踏み荒らされてしまう可能性もある。普通では考えられない決断だ。

「いろいろなことを先回りして規制していくと、それを破ろうという人が出てくるものだからね。あえて柵を作らず、日本一モラルの高いスタジアムにしたかった。実際、防犯カメラを見ても未だかつて誰も入っていない。僕は朝、散歩しながらゴミ拾いしているんだけど、同じようにゴミ袋持ちながら散歩している人がいるんです。みんなが自分ごととしてFC今治をとらえていて、ここを大切にしようと思ってくださっている。それは本当にうれしいことです」

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FC今治とともに今治を元気にしたい。
願いがかない始めた今がスタート地点

スタジアムを出て、岡田さんとともに向かったのは、今治の中心街を通るアーケード街。地元に根ざすために、岡田さんがよく足を運ぶ場所だ。

「ほら、とても立派なアーケード街だけど人がほとんどいないでしょ? 最初に来たときに一番の中心街なのに更地があったり商店街に人がいなかったりする様子を見て、これは大変だと思いました。このままだと人がいなくなってしまう、応援してくれるファンもいなくなってしまうかもしれないってね。だから本当は僕らも事務所をここに構えたかったの。アーケードの下で会議したり、3on3のコートを作って若者が試合しているのをビール飲みながら応援したり、スタートアップの企業も呼んで商店街を活性化できないかってね」

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そのプランは賃貸物件がないなどの問題などがあり諦めることになったが、サッカーチームを核に今治を元気にしていく活動が動き出した。中心街の更地はサテライト会場となり、FC今治のファン感謝デーも商店街で行っている。ただ最初は「今治は変わらない」という諦めムードがあったという。

「今、その風向きが変わり始めています。『今治は本当に変わるかもしれない』と多くの人が思い始めている。移住者が3年で3倍になったり、ホテルがいくつもできたり。地方創生で一番大切なことは、若者の仕事を作ることより、そこに住んでいる人が幸せそうに生き生きとしていること。だから、みんなが心をひとつにできるFC今治と里山スタジアムを作った僕らも少しは役に立っていると思う」

商店街を歩いていると「今いるかな?」と窓から店を覗き込むこともあり、岡田さんの顔が広いのに驚かされる。「まだFC今治も僕の活動も知られていないことがあるから、実際に足を運んで挨拶したり顔を見て話すことが大切」と岡田さんは言う。

失敗しても修正すればいい。
誰も踏み出せなかった教育をこの地で実現する

商店街を抜けるとすぐに、今治港に建つ複合施設〈はーばりー〉が現れた。巨大な船を思わせる建物には、フェリーの待合所やカフェ、ラジオ局、レンタサイクルのターミナルが入る。今治の観光スポットだ。岡田さんに展望デッキに誘われて上がってみると、大型船も行き交う瀬戸内海の景色が広がっている。

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「今、僕が学園長をやっているFC今治高校の生徒がお遍路さんに行っているんだよね。生徒自身がプランを決めていてテントで野宿したり、宿に泊まったり。このあたりの海峡をシーカヤックで渡るプランもあるんです」

海を見ながらそう言う岡田さんに、なぜFC今治高校の学園長になったのかを伺った。

「少子化で経営が厳しくなっている学校から、理事長になってほしいと声がかかったのがきっかけ。僕は教育の素人だけど、社会がこれだけ大きく変わっているのに教育が変わらないのはおかしいだろうと思っていて、新しい教育をやるつもりがあるなら考えるとポロッと言っちゃった。そうしたら、それは面白い、絶対やりましょうって人がバーっと集まってきて。経営はFC今治で手一杯なので、学園長という肩書で方針は僕が決めるということになりました」

その方針とはどのようなものなのだろうか。

「基本的に学校を作っていくのは生徒だということ。今年が一期生なんだけど、初めてのオープンスクールを『わたしたちにやらせてください』って言いに来てね。『できるのか』って言うと『大丈夫です』と言うから任せていたら何も連絡がない。『どうなってるんだ』って言ったら『余計な口出ししないでください』って言われちゃった(笑)。当日、満杯の会場の前で生徒が学校を紹介して、その後『時間がちょっと余ったので、岡ちゃん話してください』だって。でもパーフェクトに近いくらい素晴らしい出来だったから、次に僕がやるのに、めちゃくちゃプレッシャーがかかっているんです」

「子どもたちって本当に面白い」そう言って笑う岡田さんは、本当に楽しそうに見えた。

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思い描く壮大なビジョンへと続く道を
一歩、一歩、歩き続ける

〈はーばりー〉を出たあと、〈今治城〉へ行ってみたいと言ってみると「実はほとんど行ったことがないんだよね」と言いつつリクエストに答えてくれることになった。近づいてみると「こんなに立派だったっけ? 天守閣にも登れるのかな?」と興味が湧いてきた様子。堀にかかる橋を渡ると「この堀は海とつながっていて、サメが迷い込んでニュースになることがあるんだよね」とローカルな情報も教えてくれる。

歩きながら今日一日履いたPEDALA SPORTSの感想を聞いてみると「僕は昔からPEDALAを履いているんだよね」と言う。

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「昔はまだ通勤のときは革靴しか選択肢がなかった時代だったから、履いてみたら軽くて歩きやすくて、こんなに楽なんだって驚いた。それから今でもずっと出かけるときはPEDALAを履き続けています。昔に比べるとデザインが洗練されて、ジャケットにも合わせやすくなったし、より軽くなったよね」

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次の予定が迫る岡田さんとともに今治城を出たあと、忙しいなかでさまざまな活動を行い前へと進み続ける原動力とは何なのかを伺ってみた。

「今のモチベーションは、まずはJ2に昇格してみんなに喜んでもらいたいということ。さらにその先には、J1に上がることはもちろん、実は衣食住を保証し合うような共助のコミュニティを作りたいと思っているんです。そして全国のJリーグのチームなどが同じようなコミュニティーを作って行ったらこの国が変わる。社会が劇的に変わるなかで、共助のコミュニティを作るのはひとつの大きな解決策になると思っています。こんな話をすると『岡田がまたホラ吹いている』って言われるんだけどね(笑)」

岡田さんのホラは、ホラではなく実現しているのでは?と聞いてみると「そう、岡田のホラがまた実現したとも言われる」と笑った。監督業から、さらに大きな活動へと足場を移している岡田さんが描く大きなビジョン。その笑顔から、新しい未来の片鱗が見えたように感じた。

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Art Direction & Design: Masaki Hoshiyama, Yoshiro Nakamoto
Photo: Ayao Yamazaki
Text: Kyoko Tagawa