“歩く”をもっと楽しくするために、私たちができること
竹内由恵×小林淳二×久道勝也
PROFESSIONAL JOURNEY

#Story 2025.10.29

“歩く”をもっと楽しくするために、私たちができること

新たにスタートする連載企画「PROFESSIONAL JOURNEY」は、タレントの竹内由恵さんがナビゲーターとなり、さまざまな業界の第一線で活躍している方たちとクロストークを行います。記念すべき第一回は日本初の足病医療の総合病院「下北沢病院」を設立した久道勝也さんをゲストに、アシックス商事の代表取締役を務める小林淳二もスピーカーに加わり、それぞれがそれぞれの視点で、足と靴とウォーキングの現在と未来を語ります。

日本と世界の足の違い

竹内 今日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。新連載「PROFESSIONAL JOURNEY」のナビゲーターを務めさせていただく竹内です。どうぞよろしくお願いします。まずはみなさんの経歴についてお話を聞かせていただければと思うのですが、久道さんは2016年に日本初の足病医療の総合病院「下北沢病院」を設立されたのですね。どのような経緯で立ち上げられたのでしょう?

久道 立ち上げたきっかけは、アメリカに留学していた際にポダイアトリー(足病医療)という、足と歩行に特化した医療があると知ったことです。日本では歯医者や耳鼻咽喉科が当たり前にあるように、欧米では足専門の病院が当たり前なんです。足や歩行は健康や寿命に深く関わっていますし、日本は高齢化社会のトップクラスにいるような国なので、「これこそ日本に必要だ」という想いでスタートさせたんです。ここ数年、大学からうちの病院に研修に来てくださる方が増えてきましたが、今後は足専門の病院を日本国内にもっと広めていきたいですね。

竹内 小林さんにもお話を伺いたいのですが、1990年にアシックスに入社されたということですが、もともとスポーツはされていたのでしょうか?

小林 中・高・大学とずっとバレーボールをやっていました。その頃からアシックスユーザーだったので、使う側から売る側に回りたいと思いアシックスを志望したんです。入社後は、北海道、東京、神戸、そして台湾とさまざまなエリアで働かせていただき、現職に至ります。

竹内 アシックスはスポーツ一色なイメージが強かったのですが、今日履いている「ペダラ」のようにフォーマルな場所で履ける靴があって個人的にはうれしいです。見た目がおしゃれなのに歩きやすい靴ってあるようでないですよね。

竹内 お二人は足や靴についてさまざまな研究をされていると思うのですが、そもそも日本人の足にはどんな特徴があるんでしょう?

久道 足の形でいえば「エジプト型」「ギリシャ型」「スクエア型」という大きく3つのタイプがあります。日本人含めたアジア人は、そのなかでいうと圧倒的にエジプト型が多いですね。それに加えて昔から言われているのが、甲高で幅広であるということ。ただ、最近の若い世代は生活様式の変化もあって、細くなりつつあるんですが。

小林 文化や生活習慣の違いが、靴の好みにも現れています。日本は玄関で靴を脱ぐのが当たり前なので、ファスナー付きやスリッポンなど着脱容易なシューズが好まれる傾向にあります。また、日本では機能性に特化したもの…たとえば消臭機能がついていたり、あるいは防水機能がついているものが選ばれることが多いんです。

竹内 確かに足の環境だけ見ても欧米の生活様式とはまったく異なります。現代人が抱える足の悩みはどのようなものがありますか?

久道 歩行時間がかつてより確実に減ってきているので、足そのものが弱くなっている印象です。また扁平足で悩まれる方が増えてきています。土踏まずのアーチが下がってしまうと歩行時の荷重を受け止められなくなり、その結果、関節炎や外反母趾にもつながるわけです。

竹内 やはり歩くことは人間にとって大切なのですね。

久道 ウォーキングがフィジカルだけでなくメンタルにもいい影響を与えるという研究データは、もう山のようにありますからね。ちなみに何年か前にヨーロッパで47万5000人を対象にした研究結果が発表されたんです。早歩きの人とゆっくり歩く人、どちらが長生きするかというもので、前者の平均寿命は男性87歳、女性88歳、後者が男性65歳、女性72歳。つまり約20歳も平均寿命が違うんです。

竹内 そこまで差がでるのですね。

久道 いかに歩行習慣が大切かが如実に示されたわけです。ただ、気を付けなければいけないのが、平均寿命が延びる可能性があるからといって、体格、体力、年齢といった個々人の違いを全部無視して「1日○○歩、歩きましょう」といきなり提唱すると、逆に足のけがやトラブルを引き起こすことになります。1000歩しか歩けなかった人は1500歩、3000歩の人は4000歩と一人ひとりの身体条件に合わせて目標を設定するべきですね。

小林 競技なら数字が目標でいいんですが、歩くことが強制になってしまうと楽しくないですよね。だからアシックスウォーキングとしては、生活の中でいかに楽しく歩いていただけるかという点で貢献していければと考えています。たとえばこの靴を履いたら快適だからもう少し歩きたくなるとか、歩くのが楽しいから一駅ぶん歩いて帰ろうとか、そういった心を動かす手助けを靴を通してできればいいなと。

久道 それは僕も大賛成です。歩くことが目的なのではなく、気が付いたらこんなに歩いてしまったというのがいいんですよ。座っているよりも、立っているか歩いているかの方が健康寿命を伸ばすのにいいと言われているぐらいですから。

機能とデザインをバランスさせる難しさ

竹内 靴の話についてもお聞きしたいのですが、アシックスならではの強みやここ最近のトレンドなどがあれば教えてください。

小林 アシックスには、人間の動作を分析・解析したり、材料や構造などを研究している「アシックススポーツ工学研究所」という施設があるんです。人間の動作でいえば10万データ以上、人間の足形でいえば約200万人のデータを持っているんですが、それらを基にして靴の設計や材料の選定を行っているんです。また、ランニングシューズや競技用のシューズといったさまざまなスポーツにおける靴づくりのノウハウがあるので、そこで得た知見を一般の靴やウォーキングシューズに落とし込むことができるのも強みと言えます。

竹内 200万人ものデータをもっているとは驚きです。つい先日、「ゲルライドウォーク 2」を履かせていただいたのですが、流れるように前に進む歩行感覚に驚きました。そこにもアシックスが培ってきた高度なノウハウが生かされているわけですね。トレンドに関してはいかがでしょう。

小林 ここ数年の潮流としては、オンとオフの境界線が薄れてきたこと、つまり生活スタイルの変化が大きく影響しています。「このシーンではこうあるべき」みたいなイメージが少しずつなくなり、ジャケットにパンツスタイル、ノーネクタイが当たり前になると、当然靴もフォーマルなものよりカジュアルなものが選ばれる傾向にあります。私たちもさまざまな商品を扱っていますが、履き心地含めたさまざまな機能とデザインが高次元でバランスしているような商品が、市場で受け入れられているという実感がありますね。

久道 ひたすらに足の機能と健康だけを追い求めていたら、靴はカッコ悪いものになってしまいがちです。どれだけ高機能であっても、履いていただかないと意味がない。私たちは医療の観点での意見は言えますが、トレンドや今の若い人たちが何を見て美しいと思うかまでは入り込めません。そういう意味でも、履きたくなるというのも重要な機能だと思います。

小林 ちなみに今年の7月に発売したドレスシューズ「ランウォーク 7」は、「品格と機能美の追求」というコンセプトで、美しさと履きやすさという要素をハイレベルで融合させた商品なんです。久道さんがおっしゃるとおり、履きやすさだけを追求するとどうしても見た目がやぼったくなってしまいます。一方でハイヒールやパンプスなどは美しいけれど足に負担がかかりやすい。「ランウォーク 7」はそういう相反する要素をいかに高次元で融合させるかがポイントだったんです。

足と靴の未知なる可能性

竹内 小林さん、ウォーキングするときの靴選びに関しては何かアドバイスはありますか?

小林 ウォーキングと一括りにしても実は奥が深いんです。日常生活のなかでの話なのか、通勤時だけなのか、エクササイズとしてなのか、はたまた100km歩くようなイベントに参加することが目的なのか。それぞれのシーンによってちゃんと使い分けることが大切ですし、私たちも皆さんの希望にこたえられる製品群を提供しなければいけないと思っています。

久道 靴の役割ってある種の矯正なわけです。歪みのない方向に足をサポートしつつ、路面からも守り、それと同時にゆび先には自由をもたせて、それでいて快適で解放感がなければならない。作る方はきっと大変な苦労をされていると思います。

小林 歩くって人間の基本的な動作なんですよ。言い換えれば食事のように私たちの生活に近いもの。だから食べ物がおいしいときに幸せを感じるように、靴を履くことで「明日もこれを履いてでかけたい」「もっと歩きたい」と心身ともにポジティブになれるものでありたいと考えています。環境、トレンド、マーケット、ライフスタイル、時代に応じてそれらは変化していくものなので、お客様に求められるものを提供し続けるために、私たち自身も進化していく必要があると考えています。そしてそれが私たちの使命だと思っています。

竹内 今後、久道さんが取り組んでみたいことはありますか?

久道 私が追求したいことのひとつが「感覚器としての足について」です。砂浜を裸足で歩いたときの解放感や心地よさを定量化できないものかと。アシックスは200万足ものデータといったサイエンスの積み重ねがあるので、感覚器としての足の研究をぜひ一緒にやってみたいですね。あとは靴だけでなくフットケアまでスコープにいれて足を心地よくするようなアプローチはいかがですか?

竹内 たしかに砂浜を歩いているような感覚になれる靴があったら欲しいですね。

小林 「健全な身体に健全な精神があれかし」とはアシックスの創業哲学なんですが、久道さんがおっしゃったように、機能ではない心地よさや快適性の追求は面白そうなテーマですね。

竹内 地方に住んでいることもあって、今はクルマ中心のライフスタイルなのですが、お二人の話を聞いて「もっと歩こう」という気持ちになりました。

小林 もし歩くことがもっと好きになったら42.195kmを歩く「Sunrise to Sunset Walk」というイベントも開催しますのでぜひお越しください!

PROFILE

竹内由恵(たけうちよしえ)
1986年、東京都生まれ。2008年に慶應義塾大学卒業後、テレビ朝日に入社。数々の番組でキャスターなどを務めたのち2019年に退社。現在は静岡を拠点に、タレントとして活動しているほか、不定期で自家焙煎した珈琲豆の販売も行っている。

久道勝也(ひさみちかつや)
1964年、静岡県生まれ。1993年獨協医科大学卒業後、順天堂大学皮膚科に入局。2007年に米国ジョンズ・ホプキンス大学客員助教授に。2009年よりヤンセンファーマ研究開発本部免疫部門長、アラガン社執行役員などを経て、2014年からロート製薬研究開発本部執行役員に。2016年には日本初の足病医療の総合病院「下北沢病院」を設立。2019年ロート製薬チーフメディカルオフィサー(CMO:最高医学責任者)に就任。現在に至る。

小林淳二(こばやしじゅんじ)
1968年、京都府生まれ。1990年龍谷大学経済学部を卒業後、株式会社アシックスに入社。北海道、東京、神戸の各拠点で勤務した後、2011年に台湾現地法人の社長に。その後アシックスジャパン3部門の事業部長を経て、2018年にアシックスジャパン株式会社の代表取締役社長に。現在は、株式会社アシックスの執行役員およびアシックス商事株式会社の代表取締役社長を務める。
Stylist: NATSUKI
Hair&Make-up: Masako Toyota (dynamic)
Photo: Sogen Takahashi
Edit+Text: Teruyasu Kuriyama(Harmonics inc.)

衣装(竹内由恵):
ブラウス、パンツ/ともにELENDEEK(03-6853-0100)
その他(スタイリスト私物)