移り変わる美しさと健康の距離
竹内由恵×市川将×中⻄裕⼦
PROFESSIONAL JOURNEY

#Story 2025.12.26

移り変わる美しさと健康の距離

業界の第一線で活躍する方たちとクロストークを行う連載企画「PROFESSIONAL JOURNEY」。第二回は本企画のナビゲーターを務める竹内由恵さんが、アシックススポーツ工学研究所の市川 将とともに、2025年1月にオープンしたばかりの「Shiseido Beauty Park」を訪問。美の検診サービス「Shiseido Beauty Diagnosis Lab」を実際に体験したうえで、その仕掛け人でもある資生堂のブランド価値開発研究所のグループマネージャー中西裕子さんと「ウェルビーイング」や「ウォーキング×ビューティ」について語ります。

未来の美の可能性を共創する施設へ

竹内 今日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。今回のテーマは「ウォーキング×ビューティ」ということで、神奈川県横浜市にある「Shiseido Beauty Park」にお邪魔しています。ここは資生堂の美の開発拠点ということもあって、私自身皆さんのお話が聞けるのを非常に楽しみにしています。本題に入る前にまずは皆さんの経歴から聞かせていただけますでしょうか。

中西 ようこそいらっしゃいました。私はもともと理系の出身で、水と油といった2つの物質が接する境界線を研究する「界面化学」という分野を専攻していました。資生堂入社後は製品開発や基礎研究、オープンイノベーションの推進などを行ったのちに、Shiseido Beauty Parkの事業企画全般も担当しています。今犬の散歩がてらウォーキングする程度の運動しかしていませんが、私にとっての散歩は思考を整理する貴重な時間になっていますね。

市川 アシックススポーツ工学研究所の市川です。僕は学生のころから人の動きを分析する「バイオメカニクス」という分野の勉強をしていました。アシックスではそのときの知見を活かして歩行やスポーツの動作を科学的に分析し、ウォーキングから競技スポーツまで、さまざまなシューズの研究開発を長らくやっています。ウォーキングシューズは僕のキャリアのなかでも、もっとも携わった期間が長いですね。

竹内 市川さんは普段からウォーキングはされるんですか?

市川 コロナ禍で運動する機会が減ったのをきっかけに、ウォーキングを本格的にはじめました。エレベーターを使わずマンションの8階まで上り下りしています(笑)。研究所が郊外にあり、クルマを使う機会も多いので、意識的に運動を取り入れないと本当にカラダがなまってしまうんですよ。

竹内 8階まで上り下りするとは驚きです(笑)。さて、今私たちがいるShiseido Beauty Parkがどんなところなのか、中西さんから聞かせてもらってもいいでしょうか。

中西 現在、資生堂は開発拠点が世界に6つあるんです。そのヘッドクオーターがこの資生堂グローバルイノベーションセンターで、4階以上が研究施設、1階と2階が一般の方もご来場いただけるShiseido Beauty Parkになります。

竹内 Shiseido Beauty Parkは資生堂にとってどんな位置づけなんでしょう?

中西 Shiseido Beauty Parkは「Shiseido Beauty Diagnosis Lab」「Shiseido Kitchen Lab」「fibona Lab」「Shiseido Art & Science Lab」「Shiseido People Lab」という5つのラボからなっており、研究員と生活者がつながり、未来の美の可能性を共創する施設として運営しています。

資生堂にとってのウェルビーイング

竹内 改めてお聞きしたいんですが、資生堂にとってのウェルビーイングとはどういうものだとお考えですか。

中西 もともと健康と美容は離れているものだととらえられていました。美容は見た目だけの問題で、健康とは距離のあるものだ、と。ただコロナ禍を通して、皆さんが健康に着目しはじめたこともあって、美と健康の距離感が大きく変化したんです。人と会う機会が減り、化粧の立ち位置も変わりましたから。

竹内 自宅で仕事する人が増えてオンとオフの境界線があいまいにもなりましたね。

中西 そうした流れを経て資生堂は2030年をターゲットに「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」を目指すことを宣言したんです。つまりは体と心の調和にこそウェルネスが宿る、そんなふうに考えています。

竹内 コロナ禍をきっかけに事業の向き合い方に変化があったんですね。

市川 コロナ禍はほとんどの企業にとって転換期でしたからね。ちなみにアシックスでいえばウォーキングを始めた人は増えましたが、革靴関係はいっきに落ちこみました。出社する機会が減るのだから当然といえば当然なのですが。

中西 資生堂もスキンケア関連の商材は伸びましたが、メイク関連の商品、いわゆる外向きの商材は分かりやすく落ちましたね。自宅勤務でリモートでの会議のみであれば、メイクをしないという選択肢もでてきましたから。

竹内 今回、このShiseido Beauty Parkに訪問してみて、同じ研究者としてはいかがでした?

市川 研究員がエンドユーザーのフィードバックをすぐにもらえる環境にすごく感銘を受けましたし、研究したものをすぐに生産できる設備があることにも驚きました。

中西 研究したものをこの場で生産して、5つあるうちのひとつ「fibona Lab」で販売まで行っているんです。

市川 研究、生産、販売という3つがひとつの拠点でつながっているなんて通常は考えられないですからね。私たちが作っているシューズは構造が分かりやすいので、販売前にオープンな場所では試しにくい。化粧品は中身が変わっても普通の人には見た目は分かりにくいですし、そういう違いがうらやましくもあり面白いなぁと。

竹内 私は化粧品がどうやって作られているんだろうってまったく想像できなかったんですが、こういうオープンな場があることで資生堂に対するイメージがすごく変わりましたね。

見えないものを見える化してサービスに

竹内 今回はそんなShiseido Beauty Park内にある美の健診サービスShiseido Beauty Diagnosis Labを体験させていただきました。肌・身体・心の測定、カウンセリングなど測定項目は多岐にわたりましたが、そもそものコンセプトはどこにあるのでしょう?

中西 Shiseido Beauty Diagnosis Labのコンセプトは、身体や心、そして未来などの見えないものを見える化して、サービスとして提供しようというところにありました。

市川 実際に体験して感じたのは、アシックスも目指しているところは一緒なのに、立ち位置が異なるとこうもアプローチが違うのかということ。あとは測定というともっと無機質で作業的なものかと思っていましたが、これも見事に裏切られました。体験価値としても楽しかったですし、洗練された世界観にも驚きました。

竹内 同感です。肌に関していえば、年齢を重ねるにつれて今後どうなっていくのかすごく気になっていたんですが、それを明確に示していただけたのが良かったです。私の強み、特徴、気を付けた方がいいポイントなどもしっかりみせてくれましたし、それぞれの測定が最終的に自己発見にもつながっていくんです。30年後の自分の顔まで出てきたのにも驚きました(笑)。その瞬間の美だけでなく、継続できる美が提供されている感じがするんですよね。

立ち位置によって異なる美しさの定義

中西 ウォーキングの研究者からみて姿勢、動作、歩幅など歩く姿の特徴や美しさを測定する「歩容美測定」はいかがでした?

市川 アシックスも歩く美しさを点数化したことがあるんですが、個人的には何を軸に美しさを定義して評価するのかというところに一番興味があったんです。それが「日本舞踊」だと聞いて面白いと感じました。そもそもなぜ日本舞踊にしたんでしょう?

中西 日本的な美しさとして日本舞踊に着目したのがはじまりです。実際に舞踊の先生と所作ふくめ共同研究させていただきました。

市川 実際に測定していただいて、たとえば筋肉を股関節から動かして手を振るといった、日常的に取り入れられるアドバイスをいただけたのも良かったです。また、上半身の動かし方、下半身の動きといった動作を「いきいき」「のびやか」「やわらか」といった言葉を使って評価されている点も印象的でしたね。研究者はつい直接的だったり数値的になってしまうところを、しっかりと翻訳されているんです。

中西 言われて気付いたんですが、資生堂はメイクによってどんな印象を与えるのかや、スキンケア商品のテクスチャーなどオノマトペ的な表現がたくさんあるので、それがいい方向に活かされているのかもしれません。

市川 そこが資生堂の強みでもあるのだと感じました。昔は数字を出していたら売れた時代もありましたが、今は感覚的にも伝えられないとお客さんに響かないですから。

竹内 結局どれだけ価値のあるデータがあっても、伝わらないと意味がないですもんね。そういえば先ほど見えないものを見える化するのがShiseido Beauty Diagnosis Labのコンセプトだとおっしゃいましたが、そもそもなぜこれをスタートさせようと思ったんでしょう? どちらかと言うと、スポーツブランドのアシックスがやる方が理に適っていると思ったんですが。

中西 まず私たちの研究領域はどちらかと言うと細胞学に根差したもので、その考え方で人の皮膚を捉え、積み重ねてきました。でも人間って細胞の集合ではありますが、それが人としての輪郭を作り、動いていて、写真のようにずっと止まっているわけではないですよね。美を突き詰めていくと、「綺麗」の定義はその人の所作にも関わってくるものなので、そういう研究をしてみたらどうだろう、と思ったのがはじまりだったんです。

竹内 なるほど。あえてど真ん中ではない研究領域に足を踏み入れたと。

中西 もともとど真ん中ではない研究は、歩容美だけに関わらず脈々と続けているんですが、続けていたからこそいまこうして結実してきた感があります。おかげさまで「歩容美だけでひとつのコンテンツになるのでは」と言っていただけるようにまでになりましたから。

市川 それはすごい。感性の領域は、突き詰めていくとお客さんに必ず刺さるので、非常に重要な要素の一つだと考えています。先ほど写真の話がありましたが、逆に言えばアシックスは「動」を基軸にやってきたので、「静」にももっと着目するのもありだな、と。競技の世界では速さや高く飛べるといった指標がひとつのゴールでもありますが、いっぽうでより感覚的なところ…心地よさやリラックスした感覚に訴えかけることはできないものかと。

竹内 ウェルビーイングというひとつのお題でも、静的なのか、動的なのか、細胞まで見るのか、ダイナミックに見るのか、立ち位置によっても見る個所が異なるのが面白いですね。

中西 資生堂としては、美はどんなものにも宿ると考えています。歩くことにも間違いなく美があるので、お二人から頂いたコメントは今後の励みにもなります。

市川 次回は我々の研究機関にもきていただけるということで、さらに深いお話ができればと思います。ありがとうございました。

PROFILE

竹内由恵(たけうちよしえ)
1986年、東京都生まれ。2008年に慶應義塾大学卒業後、テレビ朝日に入社。数々の番組でキャスターなどを務めたのち2019年に退社。現在は静岡を拠点に、タレントとして活動しているほか、「renag coffee」を立ち上げ、自家焙煎したコーヒー豆の販売を行っている。

中⻄裕⼦(なかにしゆうこ)
株式会社資⽣堂/ブランド価値開発研究所 グループマネージャー
1980年、岐阜県出身。名古屋大学大学院物質理学専攻(化学系)修士課程修了後、資生堂へ入社。スキンケア商品の処方開発研究、化粧品基剤の基礎研究、デザイン思考的アプローチを用いた研究テーマ設定を経て、現在は、資生堂のR&D戦略、新規研究の企画立案、資生堂R&Dオープンイノベーションプログラムfibonaのプロジェクトリーダーを務める。

市川将(いちかわまさる)
株式会社アシックス/スポーツ⼯学研究所 マルチスポーツ機能研究部 部長
1982年、愛知県出身。2007年に東京工業大学大学院を修了(工学)し、アシックスに入社。スポーツ工学研究所に配属され現在に至る。バイオメカニクスとスポーツ工学を専門とし、シューズの構造設計および機能評価、人の身体や動作特性研究(主に足形や歩行解析)、トレーニング手法の研究開発などに従事。現在、マルチスポーツ機能研究部長として、競技系スポーツシューズやウォーキングシューズの研究開発、足形解析などの研究に従事。主な研究開発商品は、GEL-MOOGEE、NEC歩行姿勢測定システムなど。著書に『究極の歩き方』がある。
Photo: Sogen Takahashi
Edit+Text: Teruyasu Kuriyama(Harmonics inc.)