#WELL-BEING 2024.07.24
歩く、話す、見つける、
とっておきの街歩き。
SANPO TALK – 福島 岳温泉・二瓶明子編(お宿 花かんざし 女将)-
※2024年6月時点の取材内容で構成しています。
その街をよく知るナビゲーターがおすすめの散歩コースを紹介しながら、自身のウォーキングスタイルについて語る連載企画「SANPO TALK」。第20回のナビゲーターは、福島県の温泉地、岳温泉にある日本旅館「お宿 花かんざし」の女将を務める二瓶明子さん。生まれも育ちも岳温泉という二瓶さんに、幼少期の思い出が残る場所から今年できたばかりの最新施設まで、安達太良山の自然に抱かれた岳温泉の癒しスポットを案内してもらいました。
福島駅から電車とバスを乗り継いでおよそ50分。二本松市にそびえる安達太良山(あだたらやま)の中腹に位置する温泉郷が「岳(だけ)温泉」です。1200年前に開湯したと言われる岳温泉は、安達太良山の8合目にある源泉から8kmにわたって引き湯された、全国的にも珍しい酸性泉のお湯が特徴です。
今回の散歩をナビゲートしてくれるのは、岳温泉のメインストリートであるヒマラヤ大通りに立つ日本旅館「お宿 花かんざし」の7代目女将、二瓶明子さん。26歳の若さで家業を継いだ二瓶さんにとってここは、幼少期には遊び回り、今は日本各地から集まるお客様を女将としてもてなす場所。勝手知ったるこの街でどんな散歩コースを案内してくれるのでしょうか。
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「おはようございます。花かんざしへようこそ」
純白の暖簾をくぐると、笑顔で迎えてくれた二瓶さん。この日もたくさんの宿泊客を迎えるということで、散歩を前に館内の清掃や整頓、カフェに訪れたお客様への対応など、忙しく女将業をこなしています。
「この建物は、昭和初期に建てられた木造建築なんです。いらっしゃるお客様には畳の香りや触感、床の木のきしむ音なども風情として楽しんでほしいと考えています」
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1階は中庭を眺めてくつろげる宿泊客専用のラウンジを中心に、先述のカフェのほか、地元のお酒やアウトドアグッズの販売スペースなどで構成されています。でも以前は入口から閉鎖的な雰囲気にし、宿泊客にも極力干渉しない、隠れ家的なスタイルで営業していたそう。
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「ただそれだと私自身が楽しくなくて(笑)。そこで数年前から宿泊客はもちろん、それ以外のお客様とも積極的にコミュニケーションを取れるオープンなスタイルに転換したんです。一晩を過ごす旅館は、必然的にお客様とともに過ごす時間が長くなるもの。せっかくならそれを生かして、この街の良さを私たちの方から積極的にお伝えしたり、楽しい時間を一緒に共有できたらなと考えたんです」
旅館の準備がひと息ついたところで、いざ散歩スタートです。まずは、花かんざしの斜向かいにある和菓子屋さんへと向かいます。
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「玉川屋」は、高松宮殿下が岳温泉を訪れた際に献上した「くろがね焼」というお菓子が名物。昭和24年の誕生以来変わらぬ製法で作られ、しっとりとした生地の中に北海道産の小豆を使ったあんこがたっぷりと入っています。
「このあと訪れる公園で食べましょう」と、二瓶さんはくろがね焼をひとつ購入。聞けば3代目店主、渡辺茂雄さんの妹さんとは歳が近く、子どもの頃はよく遊んだ仲なのだとか。
「このあたりは小学校が一校しかなく、全校生徒も30人くらい。だから歳が違っても自然と仲良くなるんですよね。くろがね焼は、桜のシーズンにお花見のお供としてよく買っていました。特に焼きたては香ばしくて美味しいんですよ」
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散歩の絶好のお供となる甘味を手に入れたら、200mにわたってソメイヨシノが植えられ、春には通り一面がピンクに染まる「桜坂」を下りながら次のスポットへ。到着したのは「鏡ヶ池公園」です。
その名のとおり、水面に周囲の景色がきれいに映ることから名付けられた鏡ヶ池を中心に、水辺や森の中を散策できる遊歩道が整備されています。
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「この池の周囲にあづま屋がいくつかあって、そこで腰掛けながら岳温泉と雄大な安達太良山を望むことができます。春には池のまわりで咲く桜が水面に映って、美しい景観が生まれるんですよ」
安達太良山の絶景を眺めながら、そう話す二瓶さん。引き続き岳温泉の歴史についても教えてくれました。
「岳温泉の源泉は安達太良山の8合目にあるんです。かつてはそこに『陽日(ゆい)温泉』という温泉街があり、江戸時代にはたいへん賑わっていたといいます。ところが200年前に起きた土砂崩れで温泉街ごと埋まってしまって。それでも温泉観光業の火を絶やすまいと、当時の人々が赤杉の木をくり抜いた引湯菅で源泉から温泉を運び、新たに別の温泉街を作ったんです。そこから2度の移転を経て、現在の岳温泉になるわけです」
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ちなみに岳温泉の泉質は酸性泉として知られており、全国的にも珍しいのだとか。
「酸性泉は本来、刺激が強いんです。ところが源泉から8kmにわたって運ばれる間にほどよく“湯もみ”され、お湯がまろやかになる。それによって肌あたりのやさしい酸性泉になるんです。保温効果が高いのが特徴で、体が芯から温まった状態が長持ちし、夜もぐっすりお休みいただけると評判です」
鏡ヶ池に沿って公園を奥へと進んでいくと、別の池が見えてきました。こちらは緑ヶ池といいって、温泉が流れ込む溜池なのだそう。
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「緑ヶ池は週に1回、乳白色のお湯が流れついてきれいなエメラルドグリーンになるんです。岳温泉では毎週月曜日に引湯管の清掃を行っているのですが、その際に管に付着していた湯花が温泉に混ざり、透明なお湯が白くなるためです。ちなみに各温泉で乳白色のお湯が楽しめるこの日を、私たちは『ミルキーデイ』と名付けています」
岳温泉の歴史や泉質を学んだあとは、池のほとりに腰掛けて、先ほど購入したくろがね焼に舌鼓を打ちます。
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「ワンちゃんのお散歩に来る方がいたり、ベンチで顔馴染みのお年寄りたちが語らっていたり、ここは地元の人たちの憩いの場になっています。ちょっとした気分転換に歩くにはちょうどいい場所なんです」
次は二瓶さんが小さい頃によく遊んだという「夏無川(なつなしかわ)」を目指します。二瓶さんは高校まで地元の岳温泉で過ごしたのち、東京の大学に進学。そのまま都内のホテルで働いていました。旅館の長女ながら跡を継ごうという意識はなかったといいます。
「ところが26歳のとき、両親から旅館経営が厳しくなっていることを相談されて。いくつか選択肢があったのですが、当時2つあった旅館のうち、小さな方を残して再建しようと決めました。それが今の花かんざしです」
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20代半ばにして突如、旅館の社長兼女将に。しかし当時は女将業に関して右も左もわからず、旅館を経営していく覚悟も中途半端だったと振り返ります。
「今だったら引き受けなかったと思います。若さゆえに怖いもの知らずだったんでしょうね(笑)。それでもたくさんの人々の協力と、かつて女将を務めあげ、この仕事に誇りを持っていたおばあちゃんが元気なうちはこの旅館を維持したい、そんな気持ちで踏ん張ってきました」
今では観光協会の会長として、岳温泉の顔とも言える存在となった二瓶さん。そんな彼女の懐かしい遊び場に到着しました。
「道中も川のせせらぎが聞こえてきて、いい雰囲気ですよね。今の季節は緑が濃くて散策のしがいがあります。実は花かんざしの催し物として、ここで朝ハイキングを開催しているんですよ。夏無川の清流沿いを歩きながらたっぷり自然を楽しんでもらおうと、希望者がいらっしゃる限り毎朝やっています。もちろん引率は女将自らが担当です(笑)」
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大きな石や流木など、ありのままの自然が残る渓谷を進む、そんな地元の人ならではの散歩コースを楽しんだところで、再び花かんざしのあるヒマラヤ大通りへ戻ります。ふと目を横にやるとモダンな佇まいの足湯が見えてきました。2024年1月にオープンしたばかりの複合施設「岳温泉 陽日の郷あづま館 Dake Peak(ダケピーク)」です。
ここはかつて旅館のコンベンションホールだった建物を改装し、足湯をはじめ、福島県のお土産やサウナグッズを揃えたショップ、人気ブーランジェリー「メゾンカイザー」監修のベーカリーショップなどを併設した新スポット。二瓶さんは早速、お気に入りだというクロワッサンを購入してご満悦。そして、散歩の疲れを癒やすべく足湯コーナーへ。
「私にとってはいつもの温泉ですけど、歩いたあとはより気持ちよく感じますね。この足湯には暖炉があって、夜には二本松の間伐材を使った薪で火が焚かれるんです」
こうして最高のご褒美とともに散歩は終了。二瓶さんにとっては日常の延長といえる場所でしたが、歩いてみてあらためて強く感じたことがあったそう。
「夏無川は思い出深い場所なのですが、最近は川遊びをする子が減り、必然的に道が荒れ、人が近づきにくい場所になってしまってたんです。本当は上流まで歩いていける気持ちのいい小道があるんですけどね。だから、私たちがなるべく歩いて、自然の中の道を維持していこうと心がけているんです」
先ほどの朝ハイキングも、こうした想いから始めた活動なのだとか。
「今はいろいろな移動手段が発達していますが、歩くからこそ感じ取れるその街の風やにおいがあると思うんです。そうした五感で味わう岳温泉の魅力を、地元で生まれ育った者としてひとりでも多くの方にお伝えしていきたいです」
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お宿 花かんざし
住所:福島県二本松市岳温泉1-104
電話:0243-24-2110
玉川屋
住所:福島県二本松市岳温泉1-13
電話:0243-24-2510
鏡ヶ池公園
住所:福島県二本松市岳温泉1-247
鏡ヶ池公園
住所:福島県二本松市岳温泉1-247
岳温泉 陽日の郷あづま館 Dake Peak
住所:福島県二本松市岳温泉1-5
電話:0243-24-2211
PROFILE
旅館の長女として生まれ、高校まで岳温泉で育つ。大学進学を機に上京し、卒業後は都内のホテルに勤務。2005年、地元に戻り「花かんざし」の社長兼7代目女将に。現在は社長、女将、さらに岳温泉観光協会会長という三足の草鞋で活躍。お酒が好きで、花かんざしのラウンジでお客様と一緒にお酒を交わすこともよくあるという。
Edit+Text : Taro Takayama(Harmonics inc.)